注いでください。あなたの恵みを、あなたを知る者に。
—詩篇 36 篇 10 節—

聖書には「油を注がれた者」という表現が散見されます(「メシア(救い主)」の語も、元は「油を注がれた者」の意) 。ここにある「油」とは、古くから地中海地方で栽培されてきたオリーブの実を搾って得られる油を指しています。
聖書の時代、オリーブ油は人々の暮らしに欠かせぬものであり、食を支え、灯りをともし、また傷や皮膚の炎症を癒やすためにも用いられ、「命・力・祝福の象徴」と考えられていました。一方で、オリーブの実から油を得るには、小さな実を集め、砕き、圧し絞ることで、ようやくわずかな油が得られます。機械もない時代には多くの労苦を要し、油は簡単に手に入るものではなかったと考えられます。
聖書時代のユダヤでは、祭司や王がその位に就くときは、「神に選ばれ、使命を託された」しるしとして油に香りを含ませた「聖油」が頭に注がれました。このように油を「注ぐ」という行為は、特別な意味を持ったようです。
合同礼拝では小さなオリーブ油のボトルを子どもたちに見せながら(興味ある子は匂いもかぎつつ)「神さまがいつもここにいる一人ひとりにあたかかな気持ちを注いでくださるように、自分にとってうれしいことはお友達や家族にも注いであげよう」と話しました。
小さな実から手間暇をかけて得られるオリーブ油のように、やさしさや思いやりも、目には見えなくても確かに人を支える力を持っています。神さまの恵みを受けとめ、私たちもまた、日々の生活の中で、周りの人に光とあたたかさを注ぐ存在でありたいと願います。(園長)




